沿革

朝鮮大学校の創立

朝鮮大学校は、在日本朝鮮人総聯合会(総聯)が結成された翌年の1956年4月10日に創立されました。総聯の結成は、在日朝鮮人運動の新しい展開を促しましたが、とりわけ祖国解放直後より日本各地で実施されていた民族教育に対し、そのいっそうの発展を求めました。
朝鮮大学校は、このような在日朝鮮人運動と民族教育発展の切実な要求を反映して、祖国と民族の未来をになう有能な人材と、在日同胞社会の各分野をリードする民族活動家を養成することを目的に創設されました。
本学の創立によって、在日同胞は、海外において初級学校から大学に至る一貫した民族教育体系を確立するという、世界でも例を見ない偉業をなし遂げることになりました。
本学の創立はまた、在日同胞社会と朝・日友好親善、および国際交流に貢献するすぐれた人材を独自の力で育成するという意味で、在日朝鮮人運動発展の画期的な契機となりました。
創立当時、本学は10余名の教員と60余名の学生からなる2年制の大学として出発しましたが、その前途にはさまざまな難関がありました。校舎ははじめ東京朝鮮中高級学校の建物の一部を仮校舎として利用しました。大学運営の経験もなく、資金も乏しい状態でした。このような困難な時期であった1957年4月、祖国から最初の教育援助費と奨学金が送られてきました。
祖国の暖かい配慮は、在日同胞子女の民族教育と本学発展の決定的な推進力となりました。とくに、第2次教育援助費は全額本学の校舎建設費としてあてがわれました。
祖国の関心と配慮に励まされ、本学は1958年4月から4年制大学(2学部6学科)へと学制を改編し、新しい発展の道を歩みはじめました。

総合的な大学へと発展

1959年6月、朝鮮大学校は閑静な武蔵野の一角に建てられた新しい校舎に移転しました。小平市への移転は、本学の教育と研究を発展させる重要な契機となったばかりでなく、さらに多くの学生を受け入れることを可能にしました。以来、本学は総合的な大学として発展の道のりをたどってきました。
1959年からは、学業が優秀であるが経済的に苦しい学生に対して給費生制度(授業料・食費免除、奨学金の支給)が実施され、これは在日同胞への大きな励ましとなりました。
同じ年、共和国への帰国が実現し、祖国への関心が高まる中で、朝鮮大学校をはじめとする各級朝鮮学校に入学する学生が激増しました。1960年度の大学在学生総数は500余名に達し、その後も引きつづき増加の一途をたどり、教員も大幅に補充されました。
こうして1964年4月には、文学部、歴史地理学部、政治経済学部、理学部、師範教育学部へと学部制を改編し、学科、講座制度を整備しました。そして1967年には、あらたに工学部を設置することになりました。
学生たちは全寮制のもとで「一人はみんなのために、みんなは一人のために」というスローガンを掲げ、学業と学生生活の向上に努めるとともに、教職員と一体となり、講堂、図書館、そしていくつかの寄宿舎などを自力で建設するという壮挙をなしとげました。朝鮮大学校に対する同胞の期待と援助が強まる一方、広範な日本国民の関心も高まり、交流と連帯は日増しに拡大していきました。
本学がわずか10年に満たない期間に急速な発展をとげたことは、祖国の暖かい配慮、在日同胞の愛国的熱意とともに、広範な日本国民の惜しみない支援のたまものです。
しかし、日本政府当局の在日朝鮮人に対する非友好的な政策は是正されず、むしろ正当な民族教育の権利を無視したいわゆる「外国人学校法」の制定を何度もはかったり、本学の設置認可の申請を受理しないといった抑圧的態度が強まりました。
本学の認可は、日本の学者、文化人、教育関係者をはじめとする各界各層の積極的かつ広範な支持を受け、1968年4月17日、当時の美濃部東京都知事の決断によって、ついに実現されたのでした。

いっそうの飛躍を

朝鮮大学校の認可以降、教職員と学生の祖国自由往来が実現し、大学教育はより充実していきました。
本学は1970年代に入り、急速に発展する科学技術の成果を取り入れるため教育課程を大幅に改編し、教育の質的向上に力をそそぎました。また、学部の新設(外国語学部1974年、経営学部1982年)とともに、1974年から2年制の研究院を新設し、各分野の専門家を養成することになりました。
さらに付属研究所(朝鮮語研究所1970年、民族教育研究所1974年、社会科学研究所1982年、自然科学研究↗所1990年)を設置し、研究機関としての体制をいっそうよく整えるようになりました。
研究施設の充実もはかられ、1982年には「朝鮮歴史博物館」と「朝鮮自然博物館」をもつ記念館が、1990年には理工系の研究設備をもつ第3研究棟と体育館が竣工されました。1999学年度には体育学部、政治経済学部法律学科、2003学年度には短期学部(生活科学科、情報経理科)を新設しました。
また、在学期間に学生は祖国での短期研修を行うことになっており、これは共和国の学術文化の成果を摂取し民族的自負心を高める、またとない機会となっています。
このように、教育の質的水準が高まるにつれ、本学はりっぱな資質を備えた人材を数多く送り出すようになり、卒業生は在日朝鮮人運動の各分野に進出してめざましい活躍を見せています。一部は日本の大学院や研究機関に進んでおり、海外留学生も年々増加しています。
この間、教員の研究活動も積極的に推し進められ、そのすぐれた学術成果は、各研究誌や内外の学会において高い評価を得ています。
このように創立以来、名実ともに民主主義的民族教育の最高学府として、また学術研究の機関としてりっぱにその使命を果たしてきた朝鮮大学校は、21世紀に、自己の特色をさらに生かした新しい飛躍をとげようとしています。